山道

サコッシュのストラップによる誘導で参道を歩く光島とスタッフ
サコッシュのストラップによる誘導で参道を歩く光島とスタッフ

 そば打ちの後は、戸隠神社・奥社へと向かう参道を歩きました。密を避けるためというよりは、一人で歩いているという感じを体感したかったので、サコッシュのストラップを持って誘導してもらうことにしました。今回使ったのは、1mぐらいの長さのものです。

 
 ぼく自身はマラソンはしませんが、伴走する人との間でたすきのようなものを持って誘導してもらうのが一般的なやり方です。
 
 普通に歩く時も、手引きの腕に引かれているとどうも一体感ができてしまい、手引きする人に頼ってしまいます。手引きする人と一体化して歩くのは、それはそれで楽ちんなのですが、自分で歩いたという実感が得にくいのです。だからといって、一人歩きできるようになるまでこの道を何度も繰り返し歩くだけの時間的余裕もありません。それで、このような新しい方法を試したというわけです。

 周りの出来事を身体に刻み込みたいと思う場合には、あまりに心地よすぎてもその場を素通りしてしまうため、ある程度の「ひっかかり」を感じる必要があります。だから心地よさとは反対の、石ころや道の凸凹など、歩きにくさも実感しながら歩きたかったわけです。そばには水の流れる音もしていて、鳥も鳴いています。少し狭くなったように感じるところでは、ぼくの身体に木が迫ってきているのでしょう。
 
 先を歩いてくれる人の足音も確かめつつ、向かってくる他の観光客の足音にも注意を向けながら、自分の歩く道筋を適宜選んでいく。7割ぐらいの一人歩きでしょうか。もちろん危険だと思われたときには声をかけてもらったり、ロープを2回強く引いてもらうというサインも決めていました。こちらが緊張感を失ってしまい、ただロープに引かれるがままになると、犬の散歩のようになってしまいます (笑)

 一つだけ心残りがあります。この参道をある程度歩いたら折り返すと思っていたので、帰りには普通に手引きしてもらいながら、この音風景を録音したかったのです。ところが、折り返すのではなくもう少し山らしい道を歩きたいとぼくが自分から言いだして、植物園の裏山のバリアフリー散策路を歩くことになったので、参道で聞いた水の音と足音、野鳥の声は録音できませんでした。

 しかし、それを補って余りある山道体験ができたのです。整備されているとはいえ、周りは静まりかえっているし他に観光客もいない。熊が出てくるのを恐れながら、先頭を行く人は手をたたいたり声を出しながら歩いてくれました。山が迫ってくる感じや、谷の方の空間が抜けている感じがとても好きなんです。何か神秘的な感じがします。

 「バリアフリー」というのは、シンプルに「歩きにくそうなところには板のデッキが敷かれている」という意味のことだったようです。最大限に自然を生かした散策路だったため、さすがにストラップだけで歩くことはできず、普通の手引きで歩きました。でもこのような道が好きなんですよね。下り道ばかりだったので、それほど疲労感はありませんでした。

 歩きながら思いだしていたのは、盲学校の高等部での遠足のことでした。月に一度は北山を20kmほど歩くのです。もっと歩いていたかもしれません。基本的には弱視の人とペアで歩きます。道幅も狭くて横並びでは歩けず、前後一列にならなければ歩けないような危険な道もよく歩きました。時には足を踏み外す生徒もいたりしましたが、当時の教育方針としては「見えないんだから、体力は一般の人以上でないといけない」という感じだったようです。

 さて、この山道と大きな木のイメージをどのようにして作品にするのか。まだ産みの苦しみが続いています。